「いまを生きる」勇気

三児の母。不登校児を連れて宮古島へ旅に出たり、大きなイベントを企画したり。その度に自分の弱さをみつける。そんな私の「成長しない」日々を綴る。

今日から新学期!?

お昼頃、学校の先生から連絡があった。

そこで、あ、今日から3年生だ!と気づく私。

 

丁寧に挨拶していただき、後日面談で今後の方針を決めて行きましょう、と新しい担任の先生。そして、次男に伝える。

「1日も学校行かないうちに、今日から3年生でーす!」

一緒にいた長男も次男と一緒にふふっと笑い合う。

毎日、うちにいることが当たり前になり過ぎて、学校に行かない選択自体を問題だとは心から思っていない。

 

え?おまえ、不登校だっだんだ。スッゲーな。

 

って、“帰国子女”並みの響きで今後、持ちネタになったらいいな。そんなことを思う母である。気がすむまで、ココにいればいい。あなたに必要なものは全部、あなたの中にあるのだから。だし、いつでも望めば、何にでもどれだけでも繋がれる。

 

私は、学習を教わらない子どもの成長を、しかと見届ける。

 

毎日、声が聞こえる。笑ってる。ご飯ペロリと食べる。そんなささやかな毎日でいい。ありがとう。

 

私は私を生きる。あなたはあなたを生きる…それだけ。

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ゆるい虐待

ぎゃ〜!!!

 

昨晩、自分のやってきたことに驚いて泣けてきた。

 

私は同じ母親として、子どもをコントロールしようとする人を軽蔑してきた。そう、私は、子どもを監視して命令して、子どもの心に寄り添えないような親を見ると、心の中で❌をつけていた。

 

あー、そんな言い方しても通じないのに

ほら、子どもの自信を削いだ

うわ、こりゃ、親の前だけでいい子ぶってるわ

 

みたいにね。だいたい、子どもは親の付属品でもなけりゃ、装飾品でもないし、ましてや成果物でもない。子どもの人権を尊重しろー!って思ってた。

 

でも、ふと。

 

あ、それ、私だ。

 

って、自覚しちゃった。あー、残念。無念。また来週…だよ。親の願いを押し付けたカタチで習い事をさせていることに、私は反発してた。でも、私もホント、一緒。

 

親の願いを押し付けたカタチで、自由な学校に行かせてる、わ。

 

さて、どうする、私?

自分を犠牲にした子育ては、ゆるい虐待だ、そう思う。親が自分の幸せの中で生きていないのに、どうして、子どもはそこを生きることができるんだ?うーん、できる子もいるんだろう。

 

少なくとも、私は四苦八苦している。

ただ、心の底から、聴こえてくる。

 

“私を生きて…”

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育児・保育・教育を学びすぎた私

なんとなく生きた心地のない寂しさを抱えた思春期を過ごした私は、20代のころ、結婚願望がなかった。結婚が幸せになるルートと思えなかったから。でも、子どもに関わる仕事に就いて、コミュニケーションも学び始めたころ、変化が生まれた。

 

あ、私、不完全なままでいいんだ。

 

そして、そのまま結婚もしたし、子どもも生まれた。その後も保育の仕事をしていたので、より良い関わりを求めて学び続けていた。それが自分の中で

 

「良い子育て」と「悪い子育て」

 

の線引きをしっかりつけていくことになった。『怒り』について学んで、感情的に子育て・保育することを否定した。感情的に怒っても、子どもは言うことを聞かないばかりか、事態は悪化する、そう理解していた。もちろん、これはある意味、正解。

 

でも。

 

それが、いつの間にか“真綿で首を絞めるように”自分を苦しめていった…

 

自分の突発的に感じる感情に小さな嘘をついて、理性で強引に“いいもの”に変換していくことが、普通になっていた気がする。まあ、仕事ではいいんだけど、自分の子どもに、普通のお母さんよりは多くの子どもと接してきた経験を踏まえて接していくから、余裕だった・・・とは行かず、そんな感じで育児していたから、自分の子どもとなんだか【気持ち悪い距離】があった。

 

保育の仕事を辞めて1年が経つ。

 

今までにない環境の中で、だれのせいにもできないまま、自分の感情と向き合い、感情をまっすぐ出せるようになってきた。感情のリハビリ…かも。

 

今では子どもを感情的にに叱る、条件付きで取引する、脅しで行動を促す、そんなことも頻繁だ。不安な気持ちも泣きたい気持ちも素直に表せるようになってから、いろんな人を許せるようになった。そして、家でゆるんで過ごしているし笑うことも増えた。それまで、ずっと、どこか緊張していたんだと思う。

 

感情的に生きる

 

それが恐かったんだろうな。でも、大丈夫だよ。ちょっとやそっとで、親子の関係は壊れない。お互い、不快な感情をきれいに流すためにぶつかり合うんだ。家族同士だから、それができる。ぶつからないように生きなくていい。未熟さを見せ合うことが、大事なんだと思う今日この頃。

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次男が学校に行ってみて…

一昨日は久しぶりに、次男が学校に行った。

shino-bu.hateblo.jp

 

「4月から学校に行く?」と私。

「いや、いい。」と次男

 

ま、そうだよね。

 

自分の中で、いろんなこと想いが巡る。

公教育に対しての不満を抱えて、市長に手紙を書いたこともあったし、スクールカウンセラーを困らせてたこともあったな。

「いい教育」を探して、長男は今、そこの学校に行ってるけど、次男は行きたがらない。そこで、私の母親としての“無力感”に襲われる。

 

何にもしてやれてないんじゃないかって。

 

でも、そんなことはなくて、いや…。無力でもいいんじゃないか、とすら思うようになってきた。子どもの幸せのために何かをしてやりたい、親として、普通に湧き起こってくる感情だと思う。子どもが困っているなら尚のこと。

 

ん?困ってる?だれが?

 

次男が?

私が?

学校が?

 

ん〜、困ってない…のか?困ってはないな、そーいえば。

外に出て、誰かと関わる場所があったらいいのに。そう思うのは、私自身のこと、なのか。“自分の欲求”と“子どもに必要”だと思うものがこんがらがってる。そもそも、“子どもに必要”なものってナンダ?

 

新しい時代の新しい命が、自分と違う価値観を生きる、そのことを受け入れていないのは私なのかもしれない。子どもと関わる仕事をして、たくさんの“受容”をしてきたつもりだけど、わが子はそこを越えてくる。それでも、愛さずにはいられない。次男が私の世界を広く、深くしてくれる。

 

とても興味深い場所まで、連れて行かれるんだ。まだ、この先も。

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次男が学校に行った

2年生が今日で終わった。

 

2年生になって、一度も学校に行かなかった次男が、今日は最後だから、と言って誘うと一緒に来た。ちょっと意外だったけど。

 

学校に着くと担任の先生はもちろん、2年生全クラスの先生、校長、教頭、養護の先生、1年生のときにの担任の先生、大勢の大人に迎えられた。「大きくなったね。」と、身長を計ろう!と保健室にもいって、身長と体重を一年半年ぶりに計った。10センチも伸びていた。

 

本人もまんざらではない様子。

 

それから、コンビニ行ってオヤツを買って帰った。

 

何気ないことだった。けど、なんか自分の中でわが子が“不登校”ってことに《折り合い》をつけてはいないな、って思った。うまく言えないけど、不登校であることを、そのままにしたいワケではない自分に気づいたってこと。

 

春です。もう少し、自分を観察していく。

まだツボミは固く、桜はもう少しあと…かな。

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かつやま子ども村小中学校の理念

長男の通う学校「かつやま子ども村小中学校」(福井県)の元祖「きのくに子どもの村小中学校」(和歌山県)の紹介映像です。とてもわかりやすいです。是非!

 

m.youtube.com

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かつやま子どもの村小学校・卒業式

今日は長男の卒業式…

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いろいろ伝えたいことがあるんだけど、長くなるから、お会いできたときに熱く、いや暑苦しく、語ります。時間のない人は、うっかり聞かないようにしてね。

 

長男が公立小学校3年生のとき、

「学校に行きたくない。」

と言いだした。私の内心は“やっぱり、そのときが来た”と思った。その後いろいろな学校・フリースクールを探して、いろんな人とのご縁で、ここに導かれた。

 

愛知県から福井県の小学校に行く。それは息子にとってはもちろん、私にとっても、大きな冒険だった。でも、一緒に通う心強い友人がいて、教育理念に共感してくれるママ友がいて、理解してくれる夫や親がいて、そうして始まった学校生活。あっという間の3年間。私学なので教育費もかさむ。本当に覚悟のいる決断だった。でも、いつもココに来ると思うんだ。

 

お金に代えられない、宝物のような時間の流れを。

 

わが子は、引き続きココの中学校に3年間通う。卒業生である長男の言葉は、無条件に感動するが、実はそれを越えて、今後の進路がバラバラな中3のスピーチがどの子もすばらしく、涙なくしては見ていられなかった。

 

基本保護者と在校生の正面で1人づつスピーチするのだが、最後、クルッと後ろを向いて同級生のみんなの顔を見て感謝の言葉を伝える子が何人かいて、マイク通じてないから聞こえないんだけど、同級生が号泣して、その姿にまた感動。

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司会進行、準備も全部、子どもたち。花道で紙吹雪をまく、合奏する、マイクの設置、プログラムを組む…。そして、この巨大なくす玉もたれ幕の言葉も全てイチから作る。泣きながらスピーチする女の子の姿を見て、泣きながら司会をする小さな女の子もかわいかった!

 

体育館には舞台もあるが使用せず。真ん中を中心に席は円状に並べられ、学園長も来賓のみなさまも保護者も卒業生も職員も在校生もみんな、同じ高さの場所にいる。どこが上でもどこが下でもない。卒業生のスピーチは、円の真ん中。子どもがいつだって主役なんだ。子どもがいつだって真ん中に置かれる。子どもの想いをいつだって大切にしてくれる。

 

どこを見たって温かい。外にはどっさり雪が積もっているのに…。

 

最後に、堀学園長の言葉

「理想は1つでなくていいと白鵬さんがおっしゃっておりました。私もそう思います。あきらめず、あせらず、ゆっくり、ぼちぼちといきましょう。」

 

どこで聞いたような話だが、私はこの学校がとても大好きだ。