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「いまを生きる」勇気

三児の母。不登校児を連れて宮古島へ旅に出たり、大きなイベントを企画したり。その度に自分の弱さをみつける。そんな私の「成長しない」日々を綴る。

旅のおわりは、はじまり①

旅のおわりは、はじまり

ぼちぼち、旅の間に起きた感情の渦について綴る。

 

こういう自己開示は勇気がいるんだけど、『いい母でありたい』『かっこいい人だと思われたい』そんな自分の小さなプライドを打ちくだくために暴露していこう。

 

旅に行く理由は不登校の子のためではなく、自分の“やってみたい”を叶えるため。今まで、3人の子を1歳から保育園に預け働いていた。旅に行くにあたって不安だったのは24時間子ども2人の面倒を見続けられるだろうか?ってこと。

 

子どもは嫌いじゃない、むしろ好きな方。でも、ずっと一緒にいてイライラしない自信は全くなかった。だし、本当に子どもを受け入れながら、毎日生活できるかも自信がなかった。

 

子どもの行動に対してイライラしてもいい。そのことを自分に許可できたのは、仕事を辞めるちょっと前だった。案の定、旅の最中に新しい宿になるたび3人揃って寝つきが悪くなるし、他人との関わりは好きだけど毎日続くと疲れる。終いにどんなに楽しい1日だろうと、子どもたちは毎晩「早く、帰りたい。」とぼやくのだ。旅に出て2週間経ったころだろうか、身体も精神も疲れてきたときの夜12時、とうとう私が爆発した。

 

もう!毎日毎日うるさいわ!そんなに帰りたいなら2人で明日帰りなさい!!帰れないならパパに迎えにきてもらうから、帰れ!もう!毎日、帰りたいって言われて、ママ、全然楽しくないわー!!!

 

とここで私、大泣き。もちろん、子どもたちも。花子は泣きながら「ママ〜、ちゃんと帰らない!」と訳のわからんことを言うけど、言わんとすることはよく伝わる。次郎も暗くてわからなかったけど、めそめそしていた様子。

 

長いこと子どもを預かる仕事をして、感情を直球で子どもにぶつけるってことに抵抗を感じていた。というか、感情のコントロールをしながら仕事をしていたんだろう。でも、それが本当に少しづつ自分の首を締めていたんだろうと思う。感情的な気持ちを少し理性的に表現していたかもしれない。仕事なら、それでうまくいくこともあったのだが、自分の子どもとなるとそうはいかない。私の気づかない小さな我慢を見つけて挑発してくる。

 

そうして、子どもは母の詰まっているところを抜いてくれるのだ。そういうことに気づいていたからこそ、自分を整えることをずっと大切にしてきた。でも、長い期間旅に出るって、思った以上に疲労が溜まる。自分の中の見えない緊張感がずっと積み重なっていた。思いっきり泣けたのは、私だ。次郎も花子も、そこに疲れや不安を乗せて泣いた。我慢してたし、させてたな。

 

この晩、私たちはぐっすり寝た。本当に気持ちよく。

 

ゲストハウスは壁が薄い。私が怒鳴ったら、周りに筒抜けだ。この日、珍しく同じ階の宿泊者はいなかった。だから、キレた。そうじゃなかったら、ブレーキがかかって爆発できなかっただろう。ほんと、いい母と思われたいんだな、私。でも、感情ぶつけて思ったんだ。こんなことで、親子関係は途切れない。親から子へ、子から親への愛情だって変わらない。

 

あー、でも。ニコニコして、自分の好きなことやってまーす!だから子どもたちも自然と幸せでーす!って顔で旅をしたかったな。優しくてかっこいいお母さんのまま、旅をしたかったよ。そんな理想は見事に打ち砕かれ、このありさま。

 

今までだったら、自分を責めていたかもしれない。翌朝、ゲストハウスオーナー夫妻にこのことを話せた。こんな格好の悪い私の姿を話せた。もう、大丈夫。笑って聞いてくれたし、私も一緒に笑った。

 

子どもの「帰りたい。」を力技で封じた。あんなに感情を子どもにぶつけたことは今までなかった。なぜか清々しい気持ち。自分が聖母になりきれない敗北感を認めざるえなかったからか。

 

そして、旅は続いた。