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「いまを生きる」勇気

三児の母。不登校児を連れて宮古島へ旅に出たり、大きなイベントを企画したり。その度に自分の弱さをみつける。そんな私の「成長しない」日々を綴る。

ポケモンGOは不登校児の行動を変えるのか?

不登校

かなり話題に上がっていますね。

ポケモンGO

配信前、風の便り(ネット上)で目にする情報では、なんとなく仮想世界で遊ぶ雰囲気。こういうの、あんまり好きじゃなかったな。そう、ちょっと前の私の価値観は、子どもは外で土や風の匂いにまみれながら、もめたりケンカしながら遊んで欲しい、だった。でも、今は、その価値観を手放そうとしている。いや、次郎が引きこもってゲーム・パソコン三昧の日々を肯定していく過程で、ずいぶん価値観の変容を迫られた。だから、今回のポケモンGO、自分の心の動きを記しておく。

 

いつの時代も、新しい遊びには教育ママの検閲が入ったんだと思う。漫画、映画、アニメ、ファミコン始めとする家庭用ゲーム…。何かしら時代の変化を映し出し、親世代からは理解し難いものだった。時代の変化は、過去を否定する。だから、常識が崩れ新しい世界を構築することに対する拒否反応だったのかもしれない。

 

私はというと、自然育児がしたかった。大地の恵みを豊かに感じられる生活に憧れた。テレビはなく、食事はオーガニック食品、オヤツは手作り。でも、そんなこだわりは、2人目、3人目の出産、子どもの成長とともにどんどん薄れ、今では驚くほどに一般的な家庭の枠内だ。何か特別な育児がしたかったわけではないけど、昔ながらのゆったりと丁寧な生活には憧れた。昔の方がずっと大変だったのにね。

 

そんなわけで、ゲームなんてイヤ、コーラ飲まないで。と思っていると、そうなるもので、ゲーム大好き、コーラ大好きなわが子たち。それがいいとかダメだとかのジャッジは止めた、というか止めざるえなかった。

 

で、ポケモンGO

 

日曜日、引きこもり次郎(小2)が夫の誘いで、朝から出かけて行く。帰ってくると2人、嬉しそうで昼飯後も行くと言う。あんだけ、学校の友達母が誘ってくれた花火には見向きもしない次郎が、積極的に「出かけよう」と夫を誘う。そして、夕飯後も。私も一緒に出かけた。車が来ると私と花子を気遣って目配せする次郎。夜は案外、ポケモンも少なく早目に帰ろうとしたけど、誰もいない夜の公園で少し遊んでから帰った。

 

今日1日で次郎はいつもの一週間分は外に出たと思う。

 

次郎が外に出たから嬉しいっていうわけではない。ただ自分から積極的に行動をする姿を見て嬉しかったのだ。何のきっかけでもよかった。“〜したい”という欲求が外に向かって出るってこと、私は大事にしたいんだなって思った。次郎的には“毎日、家にいたい!”という欲求は叶えているのかもしれないけどね。

 

ポケモンGO

 

に関しての否定的な情報、肯定的な情報、どちらも目にする。自分がイヤだと思えば、とことんマイナス情報を探し出せるし、好きだと思えばプラス情報を引き出せる。自分の思考が世界をつくっている。

 

それ自体に「悪」「正」もない。自分がどう見るかで、その意味が変わってくる。すべてのことが、そうなんだ。ちょっとづつ、自分のクセに気づいていく。

 

事実なんて、どこにもない。のか?