「いまを生きる」勇気

三児の母。不登校児を連れて宮古島へ旅に出たり、大きなイベントを企画したり。その度に自分の弱さをみつける。そんな私の「成長しない」日々を綴る。

本日、登校…私が。

不登校次男が3年生になって、初めて学校に行った。あ、母の私が。

 

担任の先生に挨拶。中年の男性で、気さくなベテランらしい落ち着きで対応してくださり、安心してわが子の状況をお話しできた。これまでの先生にも、ママ友にも、不登校であることを非難されたことはない。ほとんど付き合いがないから、わからないだけかもしれないけど、気にかけてくれる友人は、みな、一緒に見守ってくれる。ありがたいこと。

 

担任の先生もさっぱりしているけど、温かい。必要なら支えてくれる、必要ないなら見守ってくれる、そんな判断をしている様子が伝わってくる。教科書をもらい帰路に着く。

 

私は子どもの頃、他人と違うことが嫌で“普通”の振る舞いができるように、努めてたな。でも、20代では、“普通”の私が自分を見失っていたから、必死で『私』を取り戻そうとしていた。その反動で、親になってから、公教育が自己肯定感を阻む危険な教育だと、正義を振りかぶって話していたこともあった。

 

でも、今はなんか、こう。

そう、どっちでもよくて。わが子が学校に行こうが、優等生であろうが、不登校であろうが、身長高かろうが、運動オンチだろうが、もうなんでもいい。

 

子どもにまつわる不安なんて、子どもが原因であることなんてなくて、いつも不安は私の中で生み出されることがわかったから。だから、ジッと自分を観る、感じる、待つ…それだけのこと。

 

親が、子どもの不登校で悩むのは、学校行ってたって悩むんだぜ。

 

世界のバランスをとるように、わが子がゆるりと生きる。世界が、大人が、壊れないように優しく生きる。

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