「いまを生きる」勇気

三児の母。不登校児を連れて宮古島へ旅に出たり、大きなイベントを企画したり。その度に自分の弱さをみつける。そんな私の「成長しない」日々を綴る。

卒業式と「やっかみ」と…母のわたし

わが子は、福井県にある自由な学校「かつやま子どもの村小中学校」に通っている。先日、その卒業を祝う会が無事に終わった。

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それはそれは、毎年だけど、ホントに素敵なの。

 

でも、今回はその学校のことじゃなくて、そこに子どもを託した母たちの、いや、私自身のハナシ。

 

この学校は、毎年学園長が言うように「自分で考え、みんなで話し合い、それを実行する学校です。」とても自由だけど、その結果も全部自分に返ってくる。えーっと、何が言いたいかと言うと、親にも間接的にそういう生き方を突きつけられるワケで…これが思った以上に、ね、ほら、大変なんです。

 

自由を求めて?だれとも比較されずに自分らしく?大人も子どもも対等に?

 

これね、本当にそーいう世界を見せられると、いまここに抱いている私の不幸感は、だれのせいにもできない…っていうコトが起きるんです。これが思った以上に受け入れられなくて…(;´д`)

 

そこで出てきたキーワード

“やっかみ”

卒業式の前日に宿泊した母仲間から、「私は〇〇さんのこと、やっかんでるって気づいたの」という話を聞いて、すごくビックリしたのと自分の中にある“やっかみ”に気づいて、ザワザワした。“やっかみ”は「嫉妬」とか、良く言えば「憧れ」という表現になるかもしれないけど、「やっかんでるから、〇〇さんと会いたくない!」と告白した彼女がとても素直でかわいいと感じて…。

 

で、早速、私の中の「やっかみ」に思い立って、昔からの母友3人を目の前に「私、それぞれにやっかんでるの。」っていう告白を実行。3人それぞれに、私にはないものを持っていて、羨ましく感じてたのよねぇ。

 

なんかほれ、ホント私、他人と比べない教育を求めていながら、自分は他人と比較して落ち込んでいる、というしょーもない思考癖があった…という恥ずかしいハナシ。

 

告白後、その中の1人の友人は「1人1人違うんだから、そんなこと思わなくていい」と力説。そのとおり。でも、私はそれを相手に伝えることで、ちゃんとやっかめた!気がして、すっきりしたんだ。

 

みっともないけど、それもまた、わたし。

 

子どもは学校で学び、私は人生で学ぶ。それでいい。子どもを自由な学校に入れて、まさか、自分にブーメラン返ってくるなんて、ね。授業料が安く感じるわ。

 

卒業生と同じ熱量で「堀さん(学園長)、この学校をつくってくれて、ありがとう。」