「いまを生きる」勇気

三児の母。不登校児を連れて宮古島へ旅に出たり、大きなイベントを企画したり。その度に自分の弱さをみつける。そんな私の「成長しない」日々を綴る。

天外さんと行く!べてるの家とひびきの丘ツアー⑩

2泊3日のツアー最終日。

朝から瞑想が始まる。参加不参加は特に問われないが、せっかくだからと寝不足のまま参加。瞑想の説明は、ここではしない。経験のある人は、知ってるだろうし、経験のない人に言葉で伝える自信がないからだ。

 

天外ワークでは、3日間に分けて行うという瞑想を、この1日で行った。瞑想→朝ごはん→瞑想→昼ごはん→瞑想、というスケジュールである。

 

机に座って、講義を受ける姿勢で始まったが、私の身体がどうにも耐えられず、1番後ろの本棚スペース、畳のところまで行ってあぐらをかいて、瞑想を受けていた。いろんな説明をしているようだけど、全然頭に入ってこない。かと言って眠いわけでもない。

 

1番自分の気持ちが、ぐわっと湧いたのは、最後の瞑想だった。再び産まれる体験をするんだけど、胎児から産道を通って、この世へ産まれる。その時に、私は大きな声で、泣いた。まさに、赤子のように…。

心の中では、ずーっと「おかーさーん!」と叫び続けていた。それが、誕生後すぐの私の記憶なのかどうかは、わからない。ただ、とめどなく涙が溢れてしかたがなかった。

こんな風に泣くのは、いつぶりだろう?少なくとも、自分が親になってから、腹の底から叫ぶように泣いた記憶はない。何か、とても悲しい気持ちが心を占めて、どうにもできなかった。その時の私は、産後すぐにお母さんと引き離されてしまった赤ちゃんの時の記憶だろうか?とおぼろげに思っていた。

 

でもそれが、帰宅後になって、どこからその感情が湧いてきたか、明確になる。北海道から帰った私は、久しぶりに自分の布団でぐっすり寝た。朝方、トントントンと階段を昇る足音。私は小学生くらいの女の子で、その足音がお母さんのだとわかる。少し嬉しいような気持ちでお母さんが部屋に来るのを待つ。ここで、目が覚めた。マンションのわが家には、階段はない。私の寝室を覗いていたのは、14歳の娘だった。娘と少し話した後に、私は1人、ふいに涙が止まらなくなる。

 

実家の母は5年くらい前から、いろんな物事を忘れ始めている。ここ最近は、めっきり寝たきりに近い生活だ。“老いていく”とはそういうこと、自然とそれを受け入れている、つもりだった。でもほんとは、それがすごく悲しくて、寂しかったんだ、って気づいたら、泣けて泣けて仕方がなかった。お母さんの料理が食べたいな、お母さんに心配してもらいたいな、お母さんと出かけたいな、そんな些細な願いが、もう叶わない。

 

知らないうちに、悲しみを閉じ込めていたんだ、ということに気がつく。母が心穏やかに生きている、ただそれだけで十分なのに、娘としての感情が納得いってなかった。その気持ちを、私がちゃんと見つけて、大事にしてあげなきゃいけなかった。危うく“なかったこと”にしてしまいそうだった。瞑想を経て、その感情が表に出てきたようだ。

 

喜びを心に溜めて、ときどき思い出して温かい気持ちになるように、いつかの悲しみもまた、心を揺さぶることがある。50歳を過ぎて、器用に生きられるようになっててほしかったけど、そうはいかないらしい。そもそも、感情のコントロールなんて、しなくてもよかったんだ。

 

伺朗ちゃんと、ゆかいな仲間たちのツアーは、長いようで短い、2泊3日の旅を終えた。


けれど、この旅で抱えた荷物の荷解きは、慌てなくていい。毎日の暮らしの中でゆるりと、ほどかれていくのだろう。

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天外さんと行く!べてるの家とひびきの丘ツアー⑨

焚き火のそばで、ドラムサークルが終わると、自然と解散の雰囲気になったが、火はまだ残る。火を消そうとするスタッフさんに友達が声をかけて、火をそのままにしてもらう。

「最後、水をかけてくれればいいから…あ、芝生が濡れてるから、そのままでもいいけどね。」

なんと寛大なんだろう。焚き火は広いグランドの真ん中で、周りに燃え移りそうもない。焚き火難民だった私は、そのゆるい焚き火を心から喜んだ。

 

焚き火が好きな私は、地元のいろんな場所で試みていたが、全国の山火事ニュースなどをきっかけに、気軽にできなくなっていた。何はなくとも焚き火さえあれば、っていうくらい焚き火愛好家としては、このチャンスを逃したくなくて、連日寝不足気味にも関わらず、残って焚き火を囲んだ。

 

そしたら、同じように焚き火に引き寄せられて、5人のメンバーで語り合う時間となった。そして、やはり、べてるを引きずっている私たち。

「職場で困っている人に、自分の病名をつけてみよう、と提案しようと思います。」との話から、「まずは、自分に付けよう。」と話しは進んで、自分に病名をつけるごっこが始まった。結局どうなったんだっけ?あまり覚えてないや。

どこまでいっても大事なのは、当事者意識。支援の場に入ると、うっかり支援者目線で、目の前の人を捉えようと、当事者性を失う。それが悪いわけではないが、日常でも癖になってしまいがち。それが悪いわけではないのだが、自分を深掘りするのなら当事者研究も一つの選択肢だと思う。

私が、私のために、私から、始めるのだ。

簡単なようで、難しい。私の外の課題を、一生懸命に取り組んでいた経験が長かったから。

いい機会だから、私も自分の病名を付けてみよう。

●掃除アレルギー

→掃除しなきゃと思うと心が重くなる

●自己顕示欲過多

→自分をわかってほしいという気持ちが過多

●タイムレス反抗期

→時間の概念自体に反抗する気持ち

こんな感じですかね…

弱さを開くのは、勇気がいる。のに、やってみたらそんなに怖くない。というか、吐き出してみたら、大したことでもなくて、急に愛おしくさえ感じる。

自分を安全な場所に置いて、他者に弱さを開いてほしいと思っても、難しいよね。

 

まず、自分を開く…

 

ゆっくり、力を抜いていこう。

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天外さんと行く!べてるの家とひびきの丘ツアー⑧

べてるミーティングが終わり、私たちツアー一行は再び「カフェぶらぶら」へ行って、「鹿🫎カレー」をいただく。せっかくなので「幻聴パフェ」も付けて。べてる人が生産している様々な昆布製品や、向谷地さん著書の本をしこたま抱えて、みんなレジに並ぶ。

 

ここで、べてるはお終い。次は、石狩市にある「ひびきの丘」へ移動する。ここからは、集団でバスではなく、レンタカーに乗り換える。私と友人、同世代のあと2人の4人で、割と長いドライブが始まった。

 

べてるの空気をそのまま纏った4人は、お互い向き合って話さない車という空間で、ほぼ初めましてのはずなのに、なかなか深いぶっちゃけ話が始まった。1人の話を、本業の支援職が3人(私は元だけど)で聞く。

 

仕事なら、もう少し、いやもっと丁寧な関わりをしながら、慎重に言葉を選ぶはずの私たちは、なんだか楽しくなっちゃって…ほんと、言いたいことを言いたいだけ言って、ゲラゲラ笑いながら、話を聞いた。それが心地よく、深刻そうな話は、おもしろ話へ変化する。まさに、べてるマジック!ま、メンバーのおかげかもしれないけど、ね。

 

「ひびきの丘」に着くと、広々とした元小学校の校舎の外で、北海道の恵みをふんだんに使ったお料理&BBQでおもてなしを受けた。ただでさえ、野菜も海鮮もお肉も美味しいのに、さらに手料理も加わり、胃袋がいくらあっても足りない。食べるのに夢中で、なんで、ここ「ひびきの丘」へ来たかも、わからないまま、夜が更けていった。

 

が、ここで、楽しみにしていたドラムサークルが始まる。広い校庭の真ん中に焚き火🔥が焚かれ、たくさんの太鼓が並び、私もその一つを選んで座った。ツアー参加者でもある八木仁平くんの指揮で、みんなが一斉に叩き出す。リズムは合ってないし、調和のある音楽でもない。それでも、お構いなく、思いのままに太鼓を叩くのは、とても気持ちがよかった。隣ですごい勢いで、野性的な太鼓を打ち鳴らしていたのは、なんと84歳の伺朗ちゃんである。

 

太鼓を叩き続けるのに飽きてきたころ、1人の参加者から雄叫びがあがる。また、おもしろくなって、私も復唱する。声を上げるって、スカッとするな。ほかにも、火吹きパフォーマンスが乱入したり、未知の楽器ハンドパンも織り込まれて、北海道の豊かな大地に響き渡る。曇り空から時折、月が顔をのぞいたり。そのときは太鼓を叩きつつ、私の頭の中では「つっきが〜でったでった〜♪」炭坑節が流れていた。

 

そういえば、このツアー、あまり説明がない。“だいたいこんな感じ“みたいな、半ばミステリーツアーなのだ。それがやけに心地よいのは、いまの私だからなのか、天外伺朗だからなのか。

 

茅ヶ崎で、インナーチャイルドワークを受けたとき、伺郎ちゃんはこんなことを言っていた。

「安心安全の場です、と言葉に出して言わないで、安心安全な場になっていることが大事。」

 

まさに、いま、ここ。

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天外さんと行く!べてるの家とひびきの丘ツアー⑦

べてるの家ツアー2日目の午前中は、べてるミーティングを見学&当事者研究の時間だった。

少し遅れて参加した私は、気持ちが落ち着かずに、あまりミーティングの内容が頭に入ってこない。それでも、べてる人のユーモアのある報告や、一人ひとりの体調報告を聞きながら、全ての人に役割と居場所があるんだな、と感じた。そして、いよいよ当事者研究の時間。当事者研究とは…うまく説明できるかな…べてるの家というか、向谷地さん考案の、んー、なんていうか、グループカウンセリングみたいな?とも違うな。簡単に言うと

“弱さ(困りごと)を開く(シェアする)”

という場だ。べてる人から2人ほど、当事者研究として困りごとをシェアした。そして、ツアー参加者からも募集し、当事者研究が始まった。

ツアー参加者

「どうしても人と関わる時に、気持ち悪い関わりになってしまう。どうしたらいいか?」

というお題だった。それに対して向谷地さんは否定もせず、肯定もせず、

「〜さんは、他人と味付けが違うんですね。」

と表現した。おおお、そーくるかー、と感心する。私なら、つい励ましの意味で「そう思っているのは、本人だけでは?」「気持ち悪さは愛情の裏返しだよね。」なんて言ってしまいそうだ。それが間違っているのではないが。

 

当事者研究は、向谷地さんだからできること、そんな風に思いそうになるけど、向谷地さんのようにやらなくてもいい。私から質問してみた。

「私の地元で、当事者研究をやりたいと思ったら、どうしたらいいですか?」

向谷地さん

「どうぞ、やってください。」

と言ったあと、さらに

「準備をしないでやってください。」

と、ステキな一言を添えた。ここに私は痺れた!そう、気負った心構えは不要で、遊び心を胸に置いて、なんとなくやってみればいい。そんな気がした。主催側になると、いい方向に持っていきたい、参加者の心が救われるような時間にしたい、困りごとを解決に導きたい、そんな気持ちが湧いてしまう。でも違う。多少の無責任さで場を作る、いや、それでもまだおこがましいな…場を開く、こんな感じ。

 

べてるの家で、ケアする側、ケアされる側の線引きが曖昧なのは、そういうところから来ていると思った。

 

ともに、ある…

 

そんな言葉がよぎる。最上級の愛だと感じた。優しさとか、寄り添い、というより、【共に生きる覚悟】を感じた。

 

“だれも無理しない”

 

べてるの家はそういう場所なんだと思った。

 

それの何が、一般社会と違うのか、考えてみた。
特に「働く」という場面で、弱さを持ち寄るって、あまりピンとこない。むしろ、強み(得意)を持ち寄って、チームで発揮し合う。足を引っ張るものは、排除されることもある。そんな中で、誰もがより力をつけて、少し無理をしながら、自分の時間を差し出して、仕事をする。

 

べてるの家では、その常識が通用しない。それを心地よいと思う人がいたり、自分には無理だという人がいたり、意味がわからんという人がいるだろうと思う。

 

いまの私には、べてるの家の空気感が、とても心地よい。やれることばかり目を向けてきた自分から脱皮して、やりたくないことから自分を守っている毎日。この先に、どんな私になっていくのか、いまは、わからない。わからないまま、そのままにしておく。

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天外さんと行く!べてるの家とひびきの丘ツアー⑥

ツアー2日目の朝、私は単独行動を目論んでいた。宿泊施設には、お馬さんがいる。名前がそもそも“優駿ビレッジ”である。引退した競走馬がいることで、馬好きが集まる場所でもある。

 

北海道行きが決まってから、馬には乗りたい!と意気込んで、ツアー後に1人で、どこかで乗馬する施設を探していたのだが、予約がいっぱいで取れなかった。でも、どうしても諦めきれず、ツアー中のここで乗馬しちゃえばいいのでは?と思い浮かんだ。運営スタッフに聞いたら、2日目のスケジュールから抜けても、1人でタクシーで追っかけて合流できれば大丈夫、とのこと。

 

え、いいの?

 

むしろ、運営スタッフは乗馬経験があり、快く背中を押してくれた。そうは言っても私自身は、集団から離れることに、若干の抵抗を感じていた。でも最近の私は違う。こうでなくてはならない世界から降りて生き始めている私は、自分に問う。

 

私はどうしたい?

…乗りたい!

 

と素直に思った。運営スタッフに感謝して、自分の欲求を開放し、急いで乗馬の予約をとった。

 

そして当日朝、宿泊棟から乗馬棟まで車でいくほどの距離を移動。白い馬「知床マリン」ちゃんが私を乗せてくれることが決まった。私が愛知県で受けたレッスンでは、人間が落ちたら自然とエアバッグが開く紐があったけど、今日はない。引き馬でもなく、自分で操作するフリーライドだ。少し心がソワソワする。

 

とはいえ、乗ってしまえば、初心者向けの優しいマリンちゃんに安心できて、何も心配しなくていいと感じた。簡単な操作の復習をして、いざ散歩コースへ。元気めなマリンちゃんのスピードをときどき咎めながら、広い敷地をパッカパッカと進む。走るわけでもないから、のんびり優雅な気分になる。マリンちゃんの身体が歩くたびに大きく揺れ、私の身体も呼応する。私の力が抜けて、呼吸が深くなり、心地よい。さらに見渡す景色も美しい。だれかに引いてもらう馬に乗るより、多少の危険を引き受けて、自分で手綱を握って馬に乗るのが好き、って改めて思った。

 

人生と一緒だ。

 

私の乗馬欲求は満たされて、待たせてたタクシーに乗り込む。地元タクシーの運転手さんに「べてるの家に見学に来た。」と告げるとこんな話になった。「べてるの人たちを、地元住民が嫌っている人も多い。私自身は、べてるにボランティアに行ったこともあるし、あいつら仲良くなるとかわいいから、好きだけど、住民たちは困ったことをされて、嫌がる人も多いんだよ。見学に来る人には、地域住民の話も聞いて帰ってほしい。」と。

 

とても大事な話だと思ったし、そんな側面があることも、私の中では想像できていたはずなのに、直接語られると、ドキッとしている自分に気づく。そのあと、具体的にどんな困りごとがあったのか尋ねてみた。そして、そーいったことが、自分の生活の範囲で及ぶことを想像した。その上で、近所にべてるのような、つまり精神障害者の施設ができるとしたら…?と考えた。

 

そう、考えてみた。

 

あまり考えたくないと、思考が抵抗する。だって私もその家族だから。こう書いていて、ギューっと胸が苦しくなる。タクシーを降りたら、べてるの家メンバーと、日常のミーティング風景、当事者研究が始まる。

 

私自身の当事者意識が、芽生えたまま、みんなから遅れて、会場に着いた。

 

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天外さんと行く!べてるの家とひびきの丘ツアー⑤

べてるの家に行ったその日の宿泊先「うらかわ優駿ビレッジAERU」へ移動。広大な敷地にお馬さんがいて、宿泊施設が建っている。その敷地内のBBQ棟まで歩くのも、お散歩気分の距離感。

18:00〜の懇親会に少し遅れて到着したからか、すぐにBBQへ突入。友人と参加していたが、せっかくだから別々の席へ。

 

ツアー参加者なのか、べてる関係者なのか、それ以外の人なのかもよくわからないまま、肉を焼き、食べながらしゃべる。私を含めた4人の席は、べてるスタッフが2人、そしてツアー参加者ではない見学者が1人。だいぶ喋ってから、それぞれの立場がわかってきて、おもしろかった。

その見学者は、自分の地域で当事者研究会を主催している人。べてるスタッフのソーシャルワーカーは、ご自身も精神疾患を持っているという。そして、もう1人のスタッフは、彼との出会いがあって、べてるへ繋がり働くことになったという。声が響いて届きにくい中、どこもかしこも歓談している。誰がどんな人なのか、いまいちわからない。私の戸惑いも含めて、よい感じのカオスである。

 

時間がどれだけ経ったかわからないけど、会も終わりに近づいて、べてる利用者の歌が始まった。

音響設備もない。マイク一本で歌い始めて、途中「(歌詞を)忘れた!」と言い放ち、突然終わる。それが、妙に心に残った。「上手い」「下手」を通り越して、「尊い」歌うたいの姿だった。

 

BBQが終わり、宿泊施設では、ツアーを率いる天外伺朗さんと……あ、伺朗ちゃんと、べてるの家・向谷地さんとの対談が、YouTube録画しながら行われた。ここは静かに、2人の話を聞く時間。

 

伺朗ちゃん

「嫌悪感を抱くことはないんですか?」

向谷地さん

「ありますよ。ただ、その気持ちを持ち続ける体力が、ないんですよ。」

との返事だった。なるほど〜、怒りや苛立ちを抱えない、という表現を“体力がない”と言うのか、と感心した。

 

そんな感じで終始、向谷地さんの言葉には、偉そうな表現が全くないし、苦労を深刻に語ることもなく、誰も傷つけなくて、聞きやすい。でも、同時に真似できないわ〜という気持ちにもなる。

 

私が1番心に残った話、そして自分への気づきがあった話は、相手の悩みを引き受けない、というところだった。つまり、相手が悩みを持ちかけてきても、その悩みを受け取らずに相手に返す、または持ちきれないものは一旦、ここ(テーブル)に置いて、いつでも取りに来てもいいように、そのままにしておく、そんな話だった。

 

最近の私は、もう福祉の仕事をしたくない、誰のケアもしたくないんだ!と思って過ごしていたから、そのタイミングでその話が、すぅーっと心に届いた。いつのまにか、誰かの苦労を請け負って、勝手に疲れちゃったんだな、って。相手が持ちきれないのだとしても、一旦そこに置いておく、それをすればよかったんだ。なんだかすごく納得して、心が急に軽くなった。

 

その夜、お風呂に入って、たくさんのジンギスカンが身体を満たし、私はぐっすり眠った。

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天外さんと行く!べてるの家とひびきの丘ツアー④

べてる発祥の地から、さらにバスで移動して、べてるの家が運営している「カフェぶらぶら」へ。たっくさんの昆布製品が並ぶ。それらは全て、施設利用者が仕事として作っているもの。飲み物をもらいながら、べてるの家を創設した向谷地さん、スタッフ、向谷地さんの娘さん、そして利用者本人からクイズ形式で話を聞く。

 

最初から最後まで、見学者が飽きないようなユーモアが散りばめられていて、クイズに参加しながら、べてる空間を楽しんだ。

 

が、ここで、私のモヤっとポイントが生まれる。

“深刻になりそうなことをユーモアに”

そんな工夫がされて聞きやすい。それが私には違和感なのだ。あぁ、そーね、統合失調症を発症した人を、家族として間近にみてる私としては、なんとも切ない気持ちになったんだよね。病気をもつ当事者の話を、第三者として聞く。生活と切り離された存在を、ユーモアの視点から、「おもしろい」と感じることができる、そんなの当たり前だ。

 

でも現場では、他人に迷惑をかけたり、警察沙汰になったり、言葉が通じなくて困ったり、物が壊れたり、夜眠れなかったり、そんな生活を強いられる。そのユーモアは、本人の周りで起きる不快な影響とセットなのだ。それを想像してしまう私は笑えなかった。

 

散々おもしろおかしく、自分の病気について前向きな発言をし、会場を盛り上げていた彼が最後に小さな声で言った。

「こんなふうにでも言わないと、死にたくなる…」

あぁ、そうだよね。私はそれこそが、大事な声だと感じた。そのユーモアは、生きるための工夫なんだ。彼は、持ち前の人を楽しませる気質で、ユーモアに昇華できている。でも、みんながみんな、そうではないし、日常の中で、毎日なんとか、生きているんだと思う。それを向谷地さんもわかってる。

 

北海道の南、昆布だけが頼りの、海沿いの寂しい田舎町で、精神の不調に悩んでいる人たちが、いかに、これ以上苦しまずに生きていけるか、向谷地さんは、本気で向き合っているのだと思う。それをずっと続けているのか…気が遠くなる。誰でもできることじゃないし、見学に来たからといって、簡単に実践できることでもない。

 

表面的な見学ツアーになってしまわないように、私の心の目が、ぐっと精度を増す。どうか大切なものを見逃してませんように、と祈る気持ちで。

 

その日、べてるの家のみなさん(利用者・スタッフ含)と懇親会という名で、ジンギスカンを食べまくった話は、また次回。

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